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東京高等裁判所 昭和49年(ツ)41号 判決 1975年10月01日

上告人

原宏康

右訴訟代理人

島田正純

外一名

被上告人

岸チエ

外一五名

右被上告人ら訴訟代理人

戸田孔功

外一名

主文

原判決を破棄する。

被上告人らの控訴を棄却する。

控訴および上告費用は全部被上告人らの連帯負担とする。

理由

本件上告理由は、別紙上告理由書および各同補充書記載のとおりである。

上告人の上告理由第一点および第二点(右各上告理由補充書と題する書面にもとずく論旨をふくむ。)について。

原判決は、山田商事が岸礼三との間において同人から原判示山林の各一部合計一、三〇一坪を買い受ける旨の契約を締結し、同買受の対象地と同対象外の礼三所有の他の所有山林四筆をも加えた合計二、一五一坪につき山田商事において一括整地工事を施し、両者協議のうえ区画図面により具体的に右二、一五一坪分に相当する整地後の土地を特定し、これによつて礼三が所有権を留保すべき土地八五〇坪を確定する旨を約したとの事実を確定したうえ、挙示の証拠により原判示諸事実を認定し、この認定事実から右両者間に礼三の保留土地八五〇坪の特定に関する交渉が現在まで、なお妥結せず、したがって、本件土地が右山田商事の買受対象地の一部として特定されていないことになるので、その所有権が依然として礼三、礼三死亡後はその相続人である被上告人らに帰属するものとしたことがその判文上明らかである。

しかしながら、原判決の確定した事実によれば、(一)前記山田商事と礼三との間の土地売買契約(本件売買契約)は、山田商事が川崎市職員住宅組合等で組織された土地造成委員会の依頼によつて礼三その他の土地所有者らから本件土地をふくむその周辺一帯の土地を買い入れこれらを一括して長沢団地と称する住宅団地の造成をするためにこれを締結したものである。(二)本件売買契約における対象地は、一応原判示八五二八番の一山林一、九九七坪中の一、三〇一坪と定められたものの、実際には山田商事において一括造成工事の施行を約した右山林一、九九七坪のほか、原判示八五六二番ないし八五六四番および同八五三〇番の各土地以上合計二、一五一坪の土地のうちから一、三〇一坪を分けるものと定められ、また、礼三の所有に保留すべきものとされた土地八五〇坪も右一括造成工事の対象地とされ、その造成工事の過程において両者協議のうえ区画図面により同土地八五〇坪分を決定することと定められていた。(三)右宅地造成工事は、山田商事において前記宅地造成委員会あるいは各地主らから提出された取得土地区画等に関する希望条件を基礎とし、これらを総合勘案して計画、実施されたものであつて、昭和四〇年五月ころには同工事一般区画図(乙第九号証)が作成されるにいたつた。(四)山田商事では、同年四月二〇日までに礼三に対し約旨による本件売買代金全部の支払を了してそのころには礼三から前記礼三のための所有権保留分八五〇坪分をふくむ各所有土地全部の引渡を受けて同造成工事の進行をはかり、その後遂次宅地購入者に対し造成土地の割当を行ない、本件土地をふくむその周辺一帯の土地について分筆登記手続もすませ、前記礼三から引渡を受けた土地の一部についても同人の承諾のもとにそれぞれその宅地購入者に対して所有権移転登記手続を経由した。というのであり、以上(一)ないし(四)の事実関係からすれば、本件売買契約においては、たとえ、礼三所有の前記各土地中の一部である一、三〇一坪の土地部分だけが右売買の対象とされ、その余の八五〇坪の土地部分については右売買の対象外とする旨の表現が用いられていたとはいえ、(イ)、造成工事前の右売買契約当時においてさえも右一、三〇一坪分と八五〇坪との間に区別特定がなされていなかつたことが明らかであり、(ロ)、山田商事としては、礼三から引渡を受けた前記各土地についてその周辺一帯の土地とともに一括して宅地造成工事を施行すべきものと約されていたことが前記のとおりである以上、同工事によつてこれらの土地の原状が全く変容され、各土地の境界も不明確となるなどこの種造成工事の実情等を合わせ考えると、造成工事施行後の現在においては、さらに、右八五〇坪分の土地が具体的に特定されておらず、(ハ)、区画図面によつて右八五〇坪分の土地を協議特定するという合意についても、そのこと自体右協議前において右八五〇坪分の所有権の対象地を特定する意図も方法も予定されていないことが明らかであるから、他に特段の事情のない本件では礼三と山田商事との間でなされた本件売買契約およびこれに付帯する宅地造成工事施行に関する合意にもとずき、おそくとも山田商事において一、三〇一坪分の本件売買代金全部の支払を了して前記各土地の引渡を受けた段階において、右一、三〇一坪分の土地のみならず、これと区分特定のなされていなかつた八五〇坪分の土地についても全体として同会社にその所有権が移転したものと解すべきべきであり、礼三が右のように前記各所有土地のうち八五〇坪の土地部分を売買の対象外とし、同土地部分を双方協議のうえで特定し、これを確定すべきものとしたのは、これによつて確定された土地部分については、契約当初より引き続き礼三の所有に保留していたものとする趣旨ではなく、右により改めて山田商事が礼三に対して右坪数に相当する土地所有権を無償で移転すべき債務を負担するものとした趣旨であると解するのが相当である。そうすると、礼三は、本件売買契約において定められた対象地が特定されたかどうかを問うまでもなく、右により山田商事に対し前記各土地のうちの一部である本件土地についてその所有権移転登記手続をなすべき義務を負うにいたつたものというべき事理とならざるをえない。

そうだとすると、原判決が、前示のとおり、挙示の証拠によつて認定した事実関係から礼三方と山田商事との間において礼三方に保留すべき土地八五〇坪の特定に関する交渉が現在にいたるもなお妥結するにいたつていないとし、このことから同時に本件土地についても礼三から山田商事に売り渡した土地のうちの一部として特定されたとはいえないとして、本件土地所有権が依然として礼三の相続人である被上告人らに帰属するものとした原審の認定判断は、その認定判断の経験則違反があるものといわざるをえず、右八五〇坪分の性質および特定に関する原判決の判断はその前提において経験法則の違反があるとする論旨はこの点において理由があるので、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、山田商事が同四〇年二月五日上告人との間において本件土地と上告人所有の原判示土地との交換契約を締結し、上告人において同四一年三月末日までに山田商事に対し価額の差額五〇万円を支払い、双方その所有権移転登記手続をなすべき旨を約したこと、礼三が本件売買対象地(右により前記各土地の趣旨と解される。)について山田商事との間で同会社の指定する者に対し所有権移転登記手続をなすべき旨を約したこと、山田商事が昭和四二年三月ころ礼三に対し上告人名義に本件土地所有権移転登記手続をなすべきことを求めたこと、上告人の本件土地につきその主張の仮登記手続を経たことおよび被上告人らが昭和四三年八月五日礼三の死亡と同時に相続によりその権利義務の一切を承継取得したことは、これまた原判決の確定した事実であるから、この事実に前記原判決の確定した事実を合わせれば、礼三は、前示のとおり、本件売買契約およびこれに付帯する宅地造成工事施行に関する合意にもとずいて本件土地に対する所有権を失つたものというべく、他方上告人は、山田商事との間の前示土地交換契約にもとづいておそくとも前記差額支払時において本件土地所有権を取得するにいたつたものといわざるをえないので、礼三の相続人である被上告人が本件土地について共有権を有することを前提とする本訴請求は失当であり、むしろ、礼三の相続人である被上告人らとしては、本件土地所有権を取得した上告人に対し前記約旨にしたがい本件土地についてなされた前記仮登記にもとづく本登記手続をなすべき義務のあることが明らかであるから、本件土地についてこの登記手続を求める上告人の反訴請求は正当であり、これと結論を同じくする第一審判決は相当であるから、被上告人らの控訴は棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法第四〇八条、第三九六条、第三八六条、第六九条、第八九条および第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 岡垣学 唐松寛)

上告理由書《省略》

上告理由補充書《省略》

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